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八月十五日の神話 終戦記念日のメディア学 ちくま新書 (544)の商品レビュー メディアが作る国民史
「言論統制」を読んで著者のファンになり、2冊目として購入。期待に違わない良著だった。特に圧巻なのは序章と第1章。戦前の国民史が国家によって作られたように、戦後の国民史はメディアによって作られてきた。その過程が、まるで推理小説のように解明される。これに対し第2章と第3章は、学術論文をベースとしているだけに、緻密である反面、読み物としての魅力はやや落ちる。それでも、全体に丁寧な造りで、得るところの多い一冊である。 記憶と忘却の相互作用
メディア研究に明るくない私にとって、本書は新書ながら中々読みにくいものであった。 オススメです。
教育現場で読まれて欲しい本です。物の見方や資料調査のあり方まで学べる素晴らしい本です。このさい著者の主張は目をつぶりましょう。 8月15日の神話を解き明かす
玉音放送を聞いてほとんどの国民が涙を流したのか、8月15日が終戦記念日として相応しい日なのか、の二点を再考しているだけでも、私は本書に高い評価を与えたい。1945年8月15日を実際に知っている人たちが大勢生存している段階から、1945年8月15日を実際に知っている人たちによって8月15日の神話が作られてしまったことが明らかになったわけである。この神話を解き明かすことが出来れば、これ以外の神話も解き明かすことが出来るかもしれないし、神話によって現実を見誤ることを防げるだろう。少なくとも、終戦という言葉から、皇居前で土下座をし天皇に詫びる人たちをイメージすることぐらいは避けたいものである。 しかし、新聞で話題作扱いされるところが、本書の限界かも…
たしかに国民は8月15日の玉音放送を聴いた。だが国民的記憶としての八・一五玉音放送体験は、メディアの創作物でしかない(p146)。そしてこの捏造は、サンフランシスコ講和による日本再独立を境に始まる。著者はそこに、敗戦の事実の否認を見る。「玉音放送が伝えた『終戦』は、公式文書の『降伏』を国民体験の記憶で覆い隠してしまった」(p125)。著者曰く「記憶の五五年体制」(p211)。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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