謎解きのその先の、人生のその謎
ミステリ小説ではしばしば「人間が描けていない」という紋切り型の批判が聞かれます。「学寮祭の夜」という作品はこの対極で、「ひたすら人間を描きつづけた小説であってもミステリとして成立しうる」ことを証明している稀有な作品だと言えるでしょう。ここ数年で私が読んだミステリ小説の中で、もっとも感動した1冊でした。ただし感動したのは、いわゆるミステリとしての謎に対してではありません。
タイトルからも窺えるように、この小説の舞台は大学です。それもイギリスの大学。すなわち、学生も教師も学内に住み、学内で生活する、由緒正しい大学。よって登場人物の大多数は教師と学生です。
何に感動するかといって・・・・・・
卒業してから母校に帰った時の気分、仕事に追われる現在の自分!!と学問に専念する人々の対比、研究者として生活する人々、学校という閉ざされた空間、情熱的な若い人々・・・・そんな歴史と伝統の世界である母校に滞在し、進歩的で個性的だと普段思っている自分がどう見えているかを考えたり、女学校の先生たちと日々過ごしながら、ずっとプロポーズを断りつつけている相手であるピーター卿のことを考えたりするヒロイン、ハリエット・・・・・。
そうです。この小説では、いわゆるミステリ小説の枠組みの外側に、ある意味もう一つ大きな謎解きがあるのです。これほど小説を堪能出来たのは本当にまれでした。
そういう本なので、おすすめは30歳以上の方でしょうか。
大学生以下の方はおそらく読んでも全然面白くはないのでは。
傑作です
「黄金時代有数の大長編」と本の帯にあるように、文庫版で約700ページ、質・量ともに読み応え十分のミステリ。
学園内でおきる中傷の手紙や壁へのいたずら書きなどの陰湿な事件、卒業生である探偵小説家ハリエット・ヴェインは恩師に頼まれて事件の調査をはじめる。学園内での複雑な教師どうし、生徒どうしの人間関係、それを少しずつ解きほぐそうとするハリエットの調査活動の合間に、ハリエット自身の人間関係への考察(おもにピーター卿との)がはさまれる。と言うよりも、人間関係を考えている合間に捜査活動をしていると言ってもいいくらいに何度も何度も繰り返される。「ミステリを読みたい!」という人にはこれが邪魔に思え、さっさと話しを進めろ! と怒りたくなるかもしれませんが、シリーズをとおして読んでいる人には、これがとても感慨深い。ピーター卿に命を助けられ、感謝はしているがそれを負い目に感じてしまい、いまひとつ素直になれずにプロポーズも断ってしまうハリエット。思い出深い学び舎に帰ってきたことで、自分を見つめなおし居場所を見つけ出そうとする姿に、声をかけて応援してあげたくなります。
本作で一大転機をむかえたピーター卿とハリエットの関係、この先どうなるのかとても楽しみです。