まとめて読むとまた違った魅力
ニュー・イングランドの田舎町ノースモントの老医師サム・ホーソーンが、数々の不可能犯罪を解決した若かりし日々を回想する、シリーズ物の短編集。第1集の本書には、サム先生が開業した1922年から、トーキー映画が始まった1927年までの6年間に起きた、12の事件が載せられている。本シリーズは、アンソロジー等で何作か散発的に読んだが、まとめて読むのは今回が初めて。1つ1つの話はトリックに工夫が凝らされた、上質の推理パズルとして楽しめるが、まとめて読むとまた違った魅力がある。古き良き時代のアメリカの田舎の牧歌的な暮らしぶりや、季節ごとの風物詩などが、なかなかに味わい深い。つまり「サム先生の不可能犯罪事件簿」のみならず、「サム先生のノースモント郷愁物語」としても十二分に楽しめるのだ。何よりも、作者が楽しんで書いたというだけあって、筆づかいがのびのびとしているのが良い。
また、アメリカの社会史的な側面を垣間見られるのも興味深い。特に禁酒法は、アル・カポネ対アンタッチャブルのイメージしかなかったので、サム先生のような田舎のまっとうな市民が、割と容易に密造酒を手に入れ、割と平気で飲んでいるのが、やや意外だった。また、トーキー映画黎明期のエピソードもおもしろかった。
チェスタトンとは違った味わい
短編推理小説の雄と言えば、G.K.チェスタトン。ホックも彼を大分意識しているらしく、この本にもチェスタトンへの言及があります。確かに、チェスタトンの描く、スリリングで鮮やかな推理も読んでいて楽しいですが、ホックの短編もなかなかのもの。作品に優しく素朴な味わいがあるのは、主人公サム・ホーソンの誠実な性格によるのでしょう。 主人公の名字は、アメリカを代表する作家ナサニエル・ホーソーンから取ったそうです。ナサニエル・ホーソーンは、ニューイングランドの閉塞感漂う清教徒コミュニティを描きました。サム探偵が住む村も、その陰鬱な雰囲気の名残を留めています。
この本には、有名な短編『長い墜落』が収められています。トリックの一貫性と物語の美しさが調和した作品で、北村薫氏など多くの推理小説家に影響を与えました。ぜひ、ホック独特のミステリを味わってみてください。