ミステリフアンにとって「知るべき存在」の作品群
近年に起こったミステリ・ルネッサンスとよばれる新進の作家たちの台頭の、その礎を築いたのが鮎川哲也ということになろう。
本格ミステリの潮流を遡れば、必ず鮎川の名は出てくるのだ。
逆に、現代の系譜を俯瞰するとき、そこに鮎川の存在を知って見るのと、見ないのでは、その認識の精度も変ってくる。
もちろん、ミステリフアンにとって鮎川は「知るべき存在」に違いないのである。そんな偉人鮎川哲也を知るのに、東京創元社文庫から刊行された2冊の短編集は理想的だ。
前編といえる「五つの時計」に次ぐ本作には代表作として名高い「赤い密室」「達也が嗤う」などが収録されている他、「地虫」のような異色作もあり、そして、ここに収録された全作が、現代ミステリへ脈々とエネルギーを供給する「本格の源泉」であると感じられる。
文章、文体の気高さ、無駄な虚飾を排しながらも、闇をみつめる慧眼。
そしてトリックそのものの質の高さがなんといっても素晴らしい。最近の作家であれば、こんな素晴らしいトリックをおもいついたのであれば、当然長編として仕上げるであろうアイデアを、惜しげもなく短編に降り注いでいる。
もちろん、いまとなっては時代を感じさせる部分も多いが、トリックそのものの着眼点の秀逸性は現代の読み手をも十分満足させるに違いない。
なお、末尾に収録されている鮎川に多大な影響を受けた、有栖川有栖、北村薫、山口雅也の三氏の対談も、非常に興味深いものになっている。