重々しい二つの密室
カケルやナディアたちが存在している「現在」で起きた密室殺人と、30年前、第二次世界大戦中にコフカ収容所で起きた密室殺人。
いままでのシリーズ作品同様、事件を解決してゆく推理小説というよりも、それを取り巻く人たちの人生、密室の謎を解いていく際に吐露される、それぞれの生死の捕らえ方、哲学論がこの作品の中心にあるように思います。間に挟まれている30年前の収容所での出来事。
戦時中の、しかもユダヤ人虐殺に関する描写であるため、読んでいてツライ部分も多く、一体どこで「現在」の密室につながってくるのかと、その部分を読み始めた頃は斜め読みしていたのですが、次第にその雰囲気に心を捕らえられてしまいました。
ユダヤ人虐殺や、収容所で過ごした過去を持つ人たちの苦悩について、読み進めながら私もいろいろ考えさせられました。
人の生死に関する哲学的な議論も興味深かった。
そして事件の舞台となる30年前のコフカ収容所にせよ、現在のダッソー邸にせよ、そこの寒さや匂いを感じさせて、まるでその場所にいるように感じさせる筆者の描写力に、改めて圧倒されました。
かっこいいけど読むのはきついよ
基本的に死ぬのは恐ろしいことだと思います。
だから人は物語を作るんだよね。人生って名前のさあ。
でも、死は物語すら虚しくしてしまう。一方、こういう事を夢想した人もいるよ。
死と生は背中合わせ。死の可能性を直視すれば生きる意味も見えてくるんじゃないかってね。
イラクで死んだ例の人も、そう考えたのかもね。
僕はただ状況に流されてるだけだから、何を信じていいのかわからない。むしろ、それが正しいことなのかもしれないとも思う。
けど、敢えて答えを断定する生き方はかっこいいね。矢吹駆みたいなさあ。