文化的、言語的違いの生み出す悲喜こもごものエッセイ集
バイリンガルという言葉は、外国人にとっては蔑称になるそうだ。外国語を学ぶのに苦労する私たちは労せずして二ヶ国語を習得したバイリンガルなる人々に憧れを抱くが、外国ではバイリンガルとは「どちらの語も十分に話せない知性の劣った人」のことになってしまうらしい。個人的に言うと、私の専門である英語とロシア語を両方網羅したこのエッセイ集は、知的な好奇心を満たしてやまかなった。アメリカに移住したロシア人たちのコミュニティーでは英語はまったく必要ないこと、アメリカに渡った亡命作家たちによりロシア文学が英語で侵食されていることなど、筆者の在米経験に基づく興味深いロシア語事情が語られている。
中でも印象に残っているのは、フランスのロシア文学の大家と言われる人が、フランス料理についてロシア語で説明しているとき言葉につまり、「どうも私のロシア語では、こういうことを説明するに充分でないようだ」というくだりである。
この作者同様、「この大家ですらそうなんだから」という安堵感と、「この大家ですらこうだとすると」という絶望感は言語に携わるものとして十分に共感できるものだった。
当代屈指のロシア文学者の手による本ではあるが、堅苦しくなく読める工夫もされている。後半の小説仕立ての随筆も楽しめるし、書かれていることに対する理解をさらに深めるための「読書案内」も役に立つ。ロシア語、英語に関わらず言語に携わる者、必読の一冊だ。