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阿南陸軍大臣は、それ以前は、決して、陸軍において、目立つ存在でもなければ、失礼ながら「将来を嘱望された」人でもなかった。 この彼が、どうやって大東亜戦争を終結させるかという鈴木貫太郎内閣の陸軍大臣になったことは、時代と運命のめぐり合わせでしかない。彼でなければならなかったという状況ではないし、彼しかいなかったという状況でもなかった。 そういう状況の中で、鈴木貫太郎内閣で「終戦の方向」が暗黙裡に模索される中で、表面的には、「戦争継続」を強硬に論じ、他方、万一の場合の若手陸軍将兵の反乱を防止することも考えなければならないというのは、以下に心労であったろうか? 「ご聖断」が下った後、鈴木貫太郎にそれまでの失礼を詫び、別れるときには、すでに自決は決まっていたのであろう。 彼は、彼なりに「戦争継続」をいい続けることで陸軍を納得させながら、最後は「ご聖断」で彼の属した内閣の目的の達成を喜んでいたのではなかろうか?
終戦をめぐる物語は数あれど、最後の陸相阿南惟幾に課せられた決断ほど困難なものはなかった。終戦への意思を胸に秘めつつ、徹底抗戦を叫ぶ帝国陸軍500万の統率者としてポツダム宣言受諾に頑強に抵抗、聖断が下るや自身の死をもって陸軍の暴走を止め、戦争終結へ導いた。彼は一切を語らず、書き残さず自刃したが、それも当然だったろう。徹底抗戦が腹芸であることは抗戦派にも和平派にも悟られてはならなかった。一切の決断と責任を孤独の中で背負わねばならなかった彼の胸中は如何ばかりであったろう。「本土決戦で2000万人の犠牲が出れば、アメリカは戦争をやめるだろう。」という狂気の言説がまかり通っていたあの時代に、阿南惟幾という男を持てた我々日本人は幸運だったと言える。8月15日に本書を読了した。昭和20年のこの日、阿南は絶命した。僕は布団に寝そべってこの本を読んだ。数え切れないほどの悲惨と死の上に築かれたこの平和な時間をしみじみ有難いと思った。星5つ、文句なし。