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隠喩や言い換えが多く、筆者独自の言葉の使われ方がされているうえに、内容自体が高度な知性を要求してくるため、私の不勉強もあって、極めて難解に感じた。いくつかの専門用語がカタカナ語で訳されていたのも、その原因の一端だろう。 本論は、近年話題のグローバリゼーション論の一つと考えると理解しやすいかもしれない。 グローバル化によって世界の有限性が到来し、諸国家間の境界線の消失する。それに伴い新たな境界線は都市の内部に引かれ直される。 メディアによって世界は即時的なつながりをもち、大衆の感情の同期化を可能にする。単極的で閉域化した世界が誕生する。そのため市民は恒常的な緊急状態にさらされることになる。 脱中心化されたこの世界では、戦争の形態も変化する。これまでの兵士同士の戦争ではなく、一般市民に対する戦争への変化は、世界内戦という全面戦争になる。この開かれた戦争に限界やタブー、目的はない。 このハイパーテロリズムに対抗するために、国家は見張り塔を創造する。それは市民防衛にまで拡大された過剰警察的なプログラムであり、メディアによってループされる恐怖のイメージと合わさって、「パニック都市」となるのである。 以上がヴィリリオの問題意識であると私は読み取った。しかし、彼のドロモロジスト(速度学者)としての側面がいまいちはっきり分からない。すなわち、以上の問題意識と速度がどのような関わりをもつのか、そもそも速度学(ドロモロジー)とは何なのかという問いに対する答えを私は見出せなかった。 一点だけ疑義を挟むならば、筆者は消失の美学に囚われたテロリストが、他者に対するホスピタリティを失っていると論じているが、これは必ずしも現実を反映していない。善悪を別にして、テロ組織は世界の住民を根絶やしにしようとしているわけではなく、自らの仲間にとってよりよい世界を築こうという意識でテロに取り組んでいる。そこにあるのは、彼らによって引かれた新たな境界線であり、典型的な二元的世界観の現れである。衝撃的な現象は例外として扱われるべきであり、多くのテロの動機的な面は我々によって理解(共感ではなく)することが可能な文脈に、現在でも位置しているのではないだろうか。