最後の「絵描きさん」 熊谷守一の軽妙洒脱で沁み込む自叙伝
東京芸大の前身、東京美術学校で青木繁、和田三造と同期。入学当初からその才能を見込まれながらも、終生いわゆる中央画壇からは距離を置いていました。晩年には「画壇の仙人」と呼び習わされたいわば超俗の画家。「私は一生のあいだ、1つの石ころを見ているだけで飽きることが無い」「絵なんて、描く前の白いままのカンヴァスが一番きれいだ」などなど興味をひく発言には事欠きません。しかし、そういったエピソード以上にこの本の魅力は、その人柄が満ちあふれる文体にあるように思います。誇大広告ではなく、その「うねり」は、どうしても手短に要約することが出来ません。「味わい」とか「深み」とか「醸しだすもの」としか言えず、真似ができないのです。
自己表現ばやり、アーティストばやりも聞き飽きたほどの昨今ですが、その真摯でいい加減な生き様(これが両立しているところがすごい!)に、あえて「芸術家」や「画家」ではなく「絵描きさん」と呼びたくなります。天国のモリカズ先生はきっとこれを尊称だと受け取ってくれると思っています。
私が生まれた年(1977年)に亡くなっているのも何か嬉しいえにしを感じて、読み、文体に巻き込まれ、笑い、時に身につまされて、読書のはしばしで、「モリカズせんせーいぃ」と叫びたくなるのです。
地に足のついた「表現」とは何かを想うため、そして良く生きることとは何なのかを身体に刻むための、貴重な一冊。巻末には赤瀬川原平氏のこれまた読ませるエッセイも入っています。
※「絵も見てみたい」という方は、もとは住居兼アトリエだったというこじんまりとした「熊谷守一美術館」(豊島区千早/website有)でその作品に出会うことができます。有楽町線要町駅から10分ほど歩きますが、まるで「この世の外」に来てしまったような一日を過ごせること請け合いです。よろしければ是非そちらも。
自伝文学の傑作
私は熊谷守一の絵が好きである。単純であるが、力強い。自然体で媚がない。この『へたも絵のうち』は熊谷守一の自伝で、1971年6月約1ヶ月日経に連載された「私の履歴書」が本になったもの。守一91歳の時である。「私の履歴書」の読者は多いが、本になって30年読み継がれるものは少ない。経済だけで人間は生きているわけではない。いつの世になっても、名利栄達と無縁に生きた芸術家の一生に共感する人が多いのであろう。良寛の書ですら守一によれば「あまりきれいで上手すぎて、私には気に入りません」となる。
日経が71年に出版したオリジナルを私が手に取ったのは岐阜県付知町にある熊谷守一記念館であった。どうしてもほしいと思ったが、絶版との事。しかし私と同じように復刊を希望する!人が多いのか、2000年2月に平凡社ライブラリーの1冊に加えられ、手に入ることになった。記念館でもその本を置くようになり、値ごろでもあることからよく売れるとその後聞いた。 熊谷守一の絵を鑑賞するために必読の本として推薦するが、自伝文学の傑作としても読まれ続ける名作である。