君たちは私を誤読している。
この本を手にとる人のなかで、ドゥルーズ=ガタリ経由でヴィリリオを知った人はどれくらいいるだろう。「リゾーム」をはじめとするドゥルーズ=ガタリの著書は、文字通りリゾームとしてその参考文献群に対して君臨する。読者は「リゾーム」一冊を読むために、数十冊に及ぶ参考文献を横断しなくてはならなくなる。だが、本書の「訳者解説」に興味深いエピソードが紹介されていた。「リゾーム」で紹介される前のヴィリリオの読者は、軍事史や都市計画史の専門家ばかりであった。それが「リゾーム」によって、突如降ってわいたように大量の読者を得た。そんな喜ぶべき状況のときに、ヴィリリオは「君たちは私を誤読している」という「否」の姿勢をとったのだそうだ。 この本ばかりは哲学を意識しない方がスリリングなのではないかと思った。軍事空間の歴史に「時間」や「速度」や「交通」や「身体」といった観点を導入すると、まったく別のテクノロジー史が開かれる。それをヴィリリオは、時代を前後し、東西の史実が交錯する独特の修辞法を駆使し、見事なスピード感で読者をひきつけていく。こんなふうに胸ぐらを掴まれて、振り回された経験は久しぶりだ。なるべく予習はほどほどにして、真っ白なままドコモロジーの世界に飛びこんだ方が、この本に関してはおもしろいと思う。