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昭和ジャズ喫茶伝説の商品レビュー 平岡正明メイキング本
平岡正明の文体をジャズの楽器に擬えると何になるだろうか?とにかくアドリブが芸として成り立つ書き手が今は居なくなった。読者の思い通りに書かないのが平岡流であり、今や評論家も学者もマーケティングの時代に、この文体は懐かしくも新鮮である。 達人によるジャズ喫茶が最も社会的意味を持ち、光り輝いていた時代の熱い断片。
平岡正明は、私にとっては、学生時代、その難解な文章で、“jazz”と“革命”をオルグる危険な達人であり、“筒井康隆”や“若松孝二”、そして何より“山口百恵”を、卓越した独自の観点から論ずる硬派の論客であり、そして、末井昭の、あの伝説の「写真時代」に連載していた、上杉清文との、アナーキーで無責任極まる(笑)過激な対談「どーも、すいません」の中で見せる、ハチャメチャな笑いの粋人であった。就職し、カタギになってからは、平岡の読み物はなるべく避けて通るように心がけていたのだが(笑)、今回、朝日の広告で今書を知り、思わず購入。久々の平岡節に、懐かしさを覚えながら、一気に読み通した。これは、平岡の自叙伝とも言うべき作品である。内容は、彼が過去、多くの媒体でも語ってきた思想や観念、生き様が、ジャズ喫茶の想い出と共に、熱く、回顧的に吐き出される。私も、80年代、「いーぐる」、「マイルストーン」、「ちぐさ」にはよく通ったクチで、この本を読み続けながら、懐かしく、眼を閉じると、エリック・ドルフィーやホレス・シルバーの響が聞こえてきたりもするのだが、やはり、ジャズ喫茶の隆盛は、あの喧騒とした60年代から70年代前半こそであったな、と、今更ながら実感する。それにしても、「どんな感情をもつことでも、感情をもつことは、つねに、絶対的に、ただしい。」との名文で始まる「ジャズ宣言」が、東銀座の「オレオ」周辺で産声をあげたというのは、意外。 書を持って街に出よう
ジャズの本というと、誰でも知っているようなことばかり書かれ読む気にもならない、という人のために書かれたような本です。そんな出がらし本ではありません。まずブックデザインがみごと。カバーには一見ありがちなLPのジャケットかと思いきや、ジャズ喫茶のマッチ箱を散らしてある。カバーの下のデザイン、色も見事。ジャズを聴き、コーヒーでも飲みながら読みたくなる。本文の組み方もしゃれている。もちろん、平岡氏の文章も破壊力十分。この人にしか描けないジャズ風景が満載。時に墨絵であったり、油絵であったりするが、ジャズ喫茶の親父の風体、その時の時代背景、路地の匂いなどがひしひしと伝わってくる。驚くのは、店に設置されたシステムの描写。今は名前すら忘れられたオーディオ機器の描写、音色が詳細に綴られている。逐一メモでもとっていたのであろうか!内容の濃い本であるが一気に読める。懐に抱えふらふら帝都をさまよえば、今はないはずのジャズ喫茶に出くわしそうな時間旅行本である。この価格で出版した平凡社は、エライ!! 本の最新売り上げランキング - トップ10
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