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「自分は特別なのだ」という当世若者の根拠レスな自意識が、 やはり根拠レスであると心の底では思い知りながらも そうではないと振舞わなければ、自分が保てないという 痛々しさをとことんまで追求した傑作。 笑いのオブラートに包んではあるものの、 その痛々しさは尋常ではない。 それをここまで書きつめられる作者の腕(覚悟?)も 尋常ではない。胸が痛いが、すばらしい。
著者の姿か想像か?(笑)彼女らしくもあり違う一面も垣間見える少し他の作品とは色の違う一冊。新提案の「オロカワイイ」をここに見よ。
どこまで自伝なんだろうか。 『ダ・ヴィンチ』で綾波云々の話題は出ていた気がする。 自伝だとすると、彼女の作品に登場する多くの女が、大部分彼女自身らしきところを備えた人物造詣なのにびっくりする。 この小説(?)の主人公の行動はかなり個性的だが、考え方や性格や、在り方は、実はそういう部分を持った男も女も、そんなには珍しくないようにも思う。 ただ、その部分を、あれだけさらけ出してバッサリやるのはタダモノにはできない。 この小説は元々19歳の時に書いたらしいが、普通の19歳には自分の必死さの滑稽さがあれほど見えないし、見えたとしたら恥ずかしさのあまりひたすら隠すだろう。 他の作品については改めて書こうと思うが、とにかく、今は彼女に夢中だ。
今をときめく才色兼備美女作家、本谷有希子の新刊である。 今回は、作家デビュー前のHP掲載作品のセルフリメイクということで、文芸誌の匂いのしない、本谷本人も、「賞とか取れない作品」と言っている、ストレートなエンターテインメント。とにかく笑えます。自意識爆発、キャラ設定は「綾波レイ」。痛い専門学生の「私」の、彼女をモデルに誘うビッグなクリエーター野次マサムネとの、人生をかけた戦い。序盤から、後先考えないペースで繰り出されるネタの嵐に、最近の、何かが始まる前に終わる文学なんて蹴散らして(まぁ、エンタメだし)、とにかく何度もやってくる失速の壁を、ばかすか壊して無理矢理突き進んでいく物語。ああ、ここでもう終わりだな、という読者の勝手な予想を裏切って、さらに新たなネタを繰り出すパワー。ラストのオチもすっきり決まって、やっぱり本谷はこうでなくっちゃ、と思える作品でした。 が、これが、上のように書いてみても、どうもしっくりこない。なんか釈然としない。というか、いつも、本谷の本については、気に入った感想が言えないのはなんでなんだろう、と思うのである。 言いたいことは、結構あるのだ。「本谷の武器は、文章じゃなくて言葉」とか、「本谷は、普通はそこでやめておこうと思うところから、あえて一歩も二歩も先へ突き進むパワーがすごい」とか、言いたいのだけれど、なんか違う。どうしても、その作品じゃなくて、「本谷有希子」の感想みたいになっちゃう。山崎ナオコーラさんが言っているみたいに、もてない男の若い女性に対するコンプレックスを、僕も作家論に持ちこんでいるんだろうか。 というわけで、ふと考えると、『ほんたにちゃん』は、そんな僕みたいな、美女作家本谷有希子のファンに対する、計算なんだか素なんだかわからないけど、ものすごく周到に作られたパロディみたいに思えてくる。タイトルの、もう、作品論とか作家論とかの区別をさせない感じといい、ついつい僕らは文章から、本谷本人を探してしまう。そういう風に読めるように、本文にもあえて隙を作ってある。そうして、なんだか本谷を見守るファン、という名目で、なんというか、取り込むきっかけを探ってしまう。 それは、野次マサムネそのものじゃないか、と気づいたりして。だから、「私」が、野次とのたたかいに際して覚悟を決めて「すなわち、私は精神的な意味で戦士だ」と言うとき、野次は僕ら、本谷有希子を美女(独身)作家としてしか見ない「男」なのだ、と思う。プロ意識みたいなものを武器に、ヌードを要求する野次は、文学論をネタに本谷の私生活をみたがる、彼氏がいるのか知りたがる、裸をみたがる、僕らなのだ、と思う。 ああ、そんな僕は、これを読んで、やるせなくなる。そういえば、最初に『腑抜け』を読んだときは、顔を知らなかった。若いと知って、漠然と、ああ、美人じゃなければいいな、と、本当に勝手に(ごめんなさい)思ったものだった。それが、不運なことに、本谷みたいな、小顔の、ふんわりかわいい美人の本となると、なんだか、正常に読めなくなる、というのは、確かに、僕の場合はどこかで自覚があるのだろう。 でも、最近の、メディアに露出しまくりの、顔だしまくりの本谷有希子は、逆に、そんな僕らを、あざわらっているみたいだ。そして、利用しているみたいだ。強いな、したたかだな、と、そう思うことでしか、自分を慰めることができない、男による、ダメなレビューでした。