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倫理とは何か―猫のアインジヒトの挑戦 (哲学教科書シリーズ)の商品レビュー 倫理学に胡散臭さを感じる人へ
倫理を哲学する本。架空の大学教授の講義とその講義を受けたらしい学生二人プラス猫一匹の対話という形式で話は進んでいく。講義の方は無難な倫理学史といった感じだが、それに批判的な対話部分が続くことにより面白さが増していると思う。登場する学生のキャラクターも妙に偽悪的だったり倫理に関心がなかったりと普通だったら劣等生のような設定。しかも彼らが最後まで丸め込まれたり改心することもない。よって本書は倫理学をすんなり受け入れられない人が、受け入れられないことをそのまま肯定できるような内容になっている。倫理学に胡散臭さを感じている人は、その胡散臭さの元に何があるのかを発見できるだろう。それでも本書を一般教養倫理学の教科書にしている先生もいらっしゃるそうなので、「教科書」としても問題はないようである。 おもしろい
私の著作の精神の好意を持ってくれる人だけに話しかけたい、とまえがきにある。そのためか本文中に登場する哲学猫アインジヒトと学生は共通の世界に対する感覚をもつよう設定されていて、話はテンポよく進む。 倫理をめぐるエンターテイメント
「モラル」って、無条件にありがたく思わなくてもいいんだ、ということが理解できます。それを理解しないでも、論理的にものを考える力が確実に身につきます。後者は、永井さんの他のどの本にもいえることなのですが。あと、単純に読んで楽しめると思います。というのも、彼の書く本は本質的に小説であり、しかも、読み手の好みと感性にもよりはしますが、それは優れたエンターテイメント小説だからです。 「利己主義」をもっとも深い水準で肯定する
良い本というものは、少し読み進むたびに読み手の思索を触発するので、頁を繰る手が止まってしまう。この本がまさにそうだ。後期ウィトゲンシュタインが提起した独我論の視点、すなわち、他者に向かって語られる言語には原理的に収まらない「自己中心性」から、倫理の根本にある問いが捉え返される。本書の主人公はアインジヒトという名の猫であるが、カズイスティークを独我論のレベルで展開できるのは、彼が我々のone of themになれない猫だからだ。猫の視点から見れば、私は世界の中の一員ではなく、社会を含む世界全体が私の中にある。この構図に立てば、道徳が「定言命法」という形式以外にありえない必然性がよく見えるので、ホッブズとカントの原理的な補完関係もよく分る。そして定言命法は、実は「自己中心性」という「利己主義」の中でこそ本当に生きる。なぜなら、世界は私の中にあるからだ。正義論と功利主義の調停などというけちな話ではなく、定言命法と利己主義が論理的な表裏の関係にあるというのは、爽快なまでに面白い洞察ではないか。猫と二人の学生の対話は章の展開とともに深まって行く。M先生の倫理学史の講義も、無駄がなく核心だけが書かれている。嬉しい本が誕生したものだ。 「教科書」でもあり「哲学書」でもある
<私>についての論考で注目を集める永井均先生が、倫理学の教科書を書きました。特定の哲学者について本を書いても(良くも悪くも)永井哲学の本になってしまう先生のことだから、「哲学教科書シリーズ」の一冊である本書といえども、独自の哲学の話だけなんだろうな~と思いきや、そんなことはありません。もちろん、いつものように永井先生独自の哲学も充分に展開されますが、過去の倫理学説についても、プラトン~メタ倫理・正義論まで、手際よく分かりやすく解説されているのです。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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