納得!
原作を読んで、フィクションなのにとても描写がリアルで、いつ頃、何処が舞台になってるんだろう?と自分なりに推理していました。
この謎解き本は、その解答と解説という感じ。私が考えていたのと、かなり近い内容だったので、やっと共感できる同志を得たようで嬉しくなりました。
映画は・・・謎解きしてはダメですね。アラ探しになってしまいます。ノベライズ「指先の花」は原作とは別モノで、謎解きするまでも有りません。
この謎解き本、映画のスタッフに読んでいてもらいたかったですね。
よくぞここまで読み込んだと関心した
この筆者は作者(片山)の背景も、本文の文章も、丹念に読みといて解説してくれている。それだけでなく、自分勝手な読み方をして作者・作品と対話しようとしない物知りげな批評家を的確に批判している。これは痛快である。 小説を表面的に受け入れて泣けた人も、これを読んで自分の読み方に対するアンチテーゼを見つけて欲しい。俺はこの主人公たちを理解できていたのだろうか。ワイドショー的にもらい泣きしたのではないか?
サクとアキは結局関係したの? してないの?(これに二重の読み方がありうるというのは僕も思い至らなかった)などなどいろいろな読み方を体験させれる。
筆者はかなり幅広く学問をやったようで(社会学系か?)、文学理論のほか、近代経済学(ゲーム理論)、マルクス哲学(弁証法)の用語を何気なく使いながらも、分かりやすく解説するなかなかの人だ。
惜しむらくは筆者がマルクスの弁証法にだけしか言及していないことだ。九大(作者の母校)は、マルクス経済学で有名な向坂逸郎だけでなくて、滝沢克巳教授をふくめ、弁証法神学の流れもあるからだ。
作者はなるほど農業経済学科でマルクス・エンゲルスの論文で学位を得たのだろうが、僕が思うに、作品には弁証法神学と宗教学のほうが影響が強いと思う。というのも作品の構造「マルコによる福音書」にそっくりだからだ。作者は、滝沢系のマルコ福音書ゼミに出ていたのかもしれない・・・。
この本で興味が出た中級者は、マルコによる福音書(その解説書)、マルクスの『経済学哲学草稿』(その解説書)や滝沢らの著作も読むとよいだろう。
「世中」の的はずれな批判に、ウンザリしている人には、是非
冒頭で、原作の舞台となったであろう、愛媛県・宇和島市と、物語中に登場する場所の比較があったので、"しまった、「サザエさんの謎」的な本だったのか…"と勘違いしてしまいましたが、それ以降はちゃんとした書評になっていました。(ちなみに、宇和島の部分も原作作者が物語を構成する軌跡をたどるうえで必要な内容でした。)「世中」は、読み手の解釈によって、複数の意味を持つことができる優れた小説ですが、インターネットの書評を見ていると、そのことにすら気づかず、的外れな批判があふれています。この本は、「世中」のどこが読みどころか(複数の解釈ができるところか)、また多義的解釈が意味ことは何かが提示されています。
最終章で、インターネットにあふれる的外れな書評の分析結果から、日本の活字文化の衰退を憂いでいますが、もともと1つの問題から1つの答えしか認めない受験志向の国語教育を受けてしまった人たちが、「1つの小説」に「複数の意味」があることにすら気づかないというのは、至極当然かもしれません。