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不安型ナショナリズムの時代―日韓中のネット世代が憎みあう本当の理由 (新書y)の商品レビュー 冷静な議論による、東アジアのナショナリズム分析
若くすぐれた研究者による日韓中の若い世代のナショナリズムに関する分析。それぞれを経済的な要因から考察するという、いままで盲点だった切り口で論じるお手並みは見事。そして、各国のナショナリズムを「一色で塗りつぶす」すなわち、日本には「日本ナショナリズム」ひとつしか存在せず、韓国には「韓国ナショナリズム」ひとつしか存在しないかのようないままでの論者の分析に異を唱える議論は一見の価値あり。とくに、高度経済成長型のナショナリズムと、最近の若い世代の(不安定な時代を背景とした)ナショナリズムを分けて考えるのは、昨今の日韓中のナショナリズムを考える上で有効な類型だといえよう。日韓ナショナリズムの解体―「複数のアイデンティティ」を生きる思想 着想はおもしろいが、実証性は無し
グローバル化の進展に伴い「社会流動化」が進む中で、「越境的、同時代的なナショナリズム」が形成されつつある。それは中間層の形成を通じて国家統合を図った20世紀国家のナショナリズムとは異なる。そうしたグローバル化への恐怖や期待がない交ぜになった「不安型ナショナリズム」の形成は、マスメディアとは異なるインターネットの普及と関連する。著者はこの仮説について中国、韓国、日本を事例に実証を試みる。だが、説得力は弱い。文献解釈以上には出ていない。実際、鈴木謙介『ウェブ社会の思想』は統計調査を引用して「日本の若者は右傾化していない」と全く逆の結論を引き出す。近年、比較社会論が増えているが、外国を議論するときには綿密な社会調査の設計や統計の利用が欠かせない。 東アジアにおける社会的流動化と高度消費社会化が生む個人的・実存的不安
東アジアにおける社会的流動化と高度消費社会化を説明する著者の手際はとてもよく、自分のもっている日韓中の現代史への知識を再確認するうえでとても役立ちました。 私益の集積としての国益
姜尚中と遠藤薫に師事した1976年生まれの大学院生が2006年に刊行した本。日中韓の若者のナショナリズムが近年インターネットを中心に衝突を続けているが、著者は彼らが本当に言いたいことは歴史問題なのかと問い、均質型ナショナリズムへの近年の批判と、自国の高度成長への再検討をめぐる自国史論争との関連性を指摘し、高度消費社会化の中での中間層をめぐる変動=上からの社会流動化(官僚制から個人化へ)を、三国のナショナリズムの共通の背景として強調する。日本では、高度成長によって総中間層化の成功、大衆社会化の賛美(欧米との差異)、反体制運動の無力化がもたらされた後、グローバル化に伴い、既得権益層と非正規雇用層の対立が世代間対立の形で表面化し、また文化が生産ではなく消費と結び付けられることによって、先行き不安の若者が実生活から遊離したナショナリズムへ走ったとされる。他方韓国では、独裁・南北分断(反共)・開発イデオロギーとしての韓国ナショナリズムが、高度成長後の民主化に伴い、抵抗民族主義の側から厳しく問い直されているが、IMF改革という外圧の下での社会流動化によって、ナショナリズムは更に多元化している。それに対し、社会主義政権下、貧困の平等から出発した中国では、文革期の指導層交代の後、国営企業への就職から漏れた待業青年が起業を強いられ、やがて上からの市場経済化に伴う国有企業改革と消費革命の中で、先行き不安な年俸制契約雇用の中間層が急増している。反体制運動を禁じられる中、彼らは反日を掲げることによって事実上の反体制運動を行い、特に下層に属する農村からの出稼ぎ者の反日は激しい。以上のように、三国の「ナショナリズム」は、従来の高度成長型から政府統制の及ばない個別不安型へと重心を移しており、国内の社会流動化への対策こそがその克服の道だと著者は言う。 必読…でもあと一歩
一言で言うと、「とても惜しい」本。 本の最新売り上げランキング - トップ10
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