知っておいていい
当初リヨン社から出版されたが、朝日の圧力で絶版になり、著作権法に抵触部分を全面変更し、編集方法を一変して再度公刊されたいわく付きの本。第一章、第二章は実際に掲載された記事を紹介して、いかに戦意高揚、軍部協力記事を書いたかを解説する。
第三章は戦後の朝日責任者の責任のとり方、太平洋戦争前の朝日の記事の内容、戦時下の言論統制、軍・政府に抵抗した新聞・雑誌を紹介。
あとがきは著者の対談で、新聞の体質は今も変わっていないと指摘する。
朝日は今でこそ反戦の牙城のような体裁をしているが、戦前までは軍部の片棒を担いだ日本を代表するマスコミでありながら、まるでそんなことはなかったかのような振る舞いをしていると告発している本です。
戦争が始まってしまえば、たとえ戦前までは戦争反対でも国威発揚記事を書くのは国策としてやむを得ないと思うが、朝日に限らず日本のマスコミは満州事変以後から部数増加という商売のために、戦争をあおる記事を書き始める。
太平洋戦争末期、日本が敗れるのがほぼ間違いない状況になっても真相を国民に知らせず、結果として戦争が長引いて多くの犠牲者を出したのは朝日を含むマスコミのせいではないかと指摘する。もし本気で戦争を終わらせる気概が新聞の責任者にあったなら、東条内閣総辞職のときに一斉に書き立てて講和の方向へ本格的に乗り出せたかもしれなかったが、新聞の責任者にその勇気はなかった。
結局朝日はもちろん読売など、戦後もろくに戦中の自らの行動・言論に責任をとらず今日に至っている。戦後60年経って、今現役の社員はみな戦後生まれだろう。だったら、今こそ戦前、戦中の自らの新聞社の行状を点検して読者に披露してもいいんではなかろうか?
朝日新聞の開戦責任
戦争責任の大部分は、開戦責任にあるはずだが、その部分に触れられていないのは非常に残念である。
「すでに終息に向かいつつある盧溝橋事件を、1937年7月11日 付けの東京朝日新聞は一面に巨大な見出しで「日支全面衝突の危機!」とありもしない虚偽をかかげて煽っている。朝日新聞が「全面衝突」を心底で望んでいたことを示している。
1937年7月12日、朝日新聞社説は「(中国は)北平(北京)における平和交渉を全面的に拒否するに至った……」との真っ赤な嘘の創作をそれと知りながら書いているのである。」 このような、朝日新聞による捏造記事が国民世論をミスりードしていった過程を書いてこそ、朝日新聞の戦争責任を追及することができるのだが、著者にはその気もなければ、歴史認識も左翼史観(自虐史観)そのものである。なぜなら、近衛政権と朝日新聞の報道が日本を破滅に導いた張本人である。それを、戦後、隠蔽・責任転嫁し続けてきたのが左翼そのものであるからである。
朝日新聞を糾弾するように見せかけて、朝日をかばうという、共産主義者がよく使う偽装の書である。