なぜベストセラーに?
18世紀イギリスには、経度を正しく測定する装置・方法の発明に、2万ポンドという高額の賞金がかけられていた。本書はその獲得に成功した時計職人ジョン・ハリソンを主人公に据えた物語である。 ハリソンは海上での振動や湿度・温度に影響を受けない精密な時計を開発し、「標準時」を確定した。航海者は、自分のいまいる場所の時間と「標準時」を比較することで、正確な経度を割り出すことが出来るのである。
しかしハリソンが賞金にありつくには長い時間ととてつもない苦労が伴った。ひとつには時計制作そのものにかかった時間、それから天文学者たちによる妨害である。天文学の立場では、月距法と呼ばれる、月の位置関係を基本とした経度測定法が開発されつつあり、ハリソンはそれと競争しなければならなかったのである。
この争い、苦労を描くのが本書の主題であり、たぶん、読者を惹き付ける部分になっている。しかし、むしろ私はハリソンへの反感を覚えてしまった。ハリソンは確かに精密な時計を作った。しかし、一個つくるのに10年とかいう年月が必要であり、摩滅を防ぐためにルビーやダイヤモンドが使われる。おまけに製法を明かさず、弟子もとらない。つまり、大量生産にはまったく向かない技法なのである。多くの船に搭載し、どこでも誰でも経度を知ることが出来るという本来の目的からは完全に逸脱してしまっているのである。
しかし「経度を正確に知ることの出来る技法の開発者に賞金を与える」という要件は満たしているわけで、たとえ本末転倒で、実用的ではないにしろ、ハリソンには賞金獲得の権利がある。こうした物語に肩入れする感性はアメリカ人特有なのかも知れない。
それなりに面白い本なのだが、釈然としない読後感を覚えた。
科学と技術史と言うよりもお話し
科学史としてはけっこう良くできている。クロノメータが大航海時代の時代背景で求められ、人間の世界観の変化、科学と技術の1関係として記述されている。 しかし、図版や写真も無いので技術史としては掘り下げが浅い。クロノメータは機械であり、機構の記述が必須なのだが、ほとんど機構や構造には触れていないのが残念。著者は人間の話しとしてこの本を書いたとある。その意味ではなかなか良くできている。だが、技術の記述を抜きに技術者を記述してどんな意味があるのかといった読後感を持った。