キノコ学者の来し方
今やキノコ分類学の長老とも言うべき本郷次雄氏が、かつて学会や同好会の会報などに載せた文章を編集した本。本郷氏といえば、日本の遅れに遅れていたキノコ分類の草分けの一人で、キノコの学名にも数多く名をとどめている方である。そんな人が、日本の各地を飛び回り、さらには海外をも飛び回った話や、今は亡き先輩菌学者の思い出話をされるのだから、距離的のも時間的にも、まったく雄大きわまりない。
キノコに関心のない方にはまったくつまらない話かもしれない。しかし、キノコを少しだけでもかじった私にとっては、キノコの分類がまだちっともすすんでいなかった当時の様子や、氏のキノコに向けるまなざし、そしてキノコへの思いが、学者らしい飾らない文体を通してじかに伝わるようで、不思議にも読んでいてとても落ち着くように感じた。特にキノコの写生図に関する話は、私にとってはとても興味深いものだった。
氏が多くの時間を割いて描いたスケッチは、今も多くの図鑑に生きている。長年の積み重ねのなせる業だろうか、この本の表紙や巻頭を飾るわずかばかりの写生図からも、ただのスケッチを超えたものが感じられる。とても美しい。
本としてのまとまりを多少欠いていても、私にはそれだけで十分だった。