タバコ、酒は、最悪のドラッグである
危険性ばかりを訴える無内容な「啓蒙書」か、無責任な(しかもどういう訳か文学かかった)べたほめをやるしかない、すでにいっちゃってる「賞賛書」以外は、翻訳モノしかなかった「ドラックもの」というジャンルに一石を投じた功績は大きい。タバコや酒がドラックである(しかもかなり最悪なドラックである)という意識が致命的なほど低いこの国にあって、その辺りのフォローも忘れてない。
煙草:アルコールやヘロインを中毒的でなく使用する人は数多くいるが、ニコチン使用者の場合、中毒者でない人はほとんどいない。すでに耐性の形成されているほとんど喫煙者=常習者は大きな意識の変化を経験することはほとんどない。このような効果の伴わない、行為そのものを目的とする摂取の悪循環は(効かないのにやめられない)、他のドラッグでは中毒の末期にしか認められないものである。
酒:アルコール中毒は、最も治療の困難な薬物中毒である。アルコールの身体的依存性(禁断症状)は、イリーガルドラッグ中最悪といわれるヘロインのそれに等しい。
もっとも体内で猛毒のアセトアルデヒドに変わり、飲みすぎると気分が悪くなるので、よほどの理由・社会的圧力でもないと数年で中毒となることはない。その代わり20~30年でツケが回ってくるので、その間酒税は稼げるし、20歳あたりから飲み始めてもらえば、労働力として役立たずになる頃に廃人になってくれる、福祉が助かる、と福祉国家にとっては願ったり適ったりのドラックである。
なお、おなじデータハウスの『続・危ない薬』はSEXドラッグなんかをあつかった、時流におもねる別物。
著者はもう死んでいる
著者の死について、よく分からないとしか言いようがないようですが、いずれにしても、病死や交通事故死などとは異なる死であったことは間違いがないようです。そうしたことも踏まえて読むと、凄まじいような気になります。個人的な自由と警察当局との板ばさみになり、殉教を遂げた一人の人間があったということを、読者は決して忘れてはならない。
今更ながら、タバコとアルコールが合法なのは、税金が取れる以外の理由を持たない。もし、国家が善(?)を貫くというのであれば、1920年のアメリカのように「禁酒法」を施行するべきである。正しくドラッグを楽しむ人の多くが、アルコールを飲まないと言う。どうしてなのかと聞いてみると「だって、からだに悪いからね」と彼らのほとんどがそう言うのである。