門外漢に分かりやすい
倫理・哲学の本と言えば、有名な学者の解説本ぐらいしか読んだ事がな
かった(そういう本ばかり目立つのも事実だが)が、そういう本は誰が
どう言っているかの解説で、何を明らかにしたいのか具体的に何をどう
するのか、どうすべきかが分からず辟易していた。その点、この本は対象となるものが明確で、素人には読みやすいと思う。
専門書と言うより、論点集としての入門書の位置付けであり、門外漢の
興味を引くための努力が伺える。
倫理学を「お説教」から解放するには?
著者は、従来の生命倫理学を徹底的に批判する。例えば生命倫理学の領域では、脳死患者からの臓器移植が議論されてきた。そしてわが国では、本人が生前に行った自己決定(+家族の同意)にもとづき、移植が認められている。しかし現在の制度は、「「臓器不足」という現状」(81頁)にうまく対処できていない。著者はこの原因を、臓器を売買するという自己決定が制限されている──それゆえに臓器移植における自己決定は、実のところ条件付の自己決定である──ことにその原因を見る。そして生命倫理学が、「命のリレー」といった「幻想的な表現」(75頁)、ないしは「献身の倫理」という「単なる「お説教」かファシズム的な「強制」」(74頁)によって臓器売買の自己決定を制限しようとする限り、著者にとっては現実味のない学問に過ぎないのである。著者が感じているある種の閉塞感には、私も深く共感する。しかし一体、著者はどこからこの行き詰まりを断罪するのだろうか。それは著者自身が接した、「自己決定主義者」(86頁)である学生たちだ。なるほど彼らをアクチュアリティの基準とする限り、自己決定を制限しようとする動きはアクチュアリティのないお説教と見なされる。しかし本当にそれだけの問題なのか。臓器売買に反対する感性のアクチュアリティを無視して議論を進めることは、結局のところ著者自身の言説をも、「応用できない倫理学」にしてしまうのではないか。いま生命倫理学に必要なのは、自己決定をめぐる賛否両論の根底にある基盤を、安易な議論に走ることなく見極めることなのではなかろうか。