ちょっとだけ賢くマトリックスを知る
映画マトリックスを哲学の観点から解析しています。
単なる映画で終わらせるだけでなくそんなこと(哲学的考え方)が
含まれてたんだと新発見できます。ひとつひとつが短めなので読みやすいのですが、
さすがに1つの映画の中にそうたくさん話しのネタがあるのではないので
同じことを違う人が繰り返して説明している感が否めません。
ちょっと賢くマトリックスを知りたいと思う方にオススメします。
娯楽としての哲学
本書は20人以上の論者(その多くは大学で教鞭をとる哲学者)が、
それぞれの哲学的、思想的観点から、映画『マトリックス』について考察する論文集である。
論文といっても各文章は10数ページに収まっており、読み進めやすい。
1作目が考察の対象とされている。本書は『マトリックス』シリーズの解説や謎解きが目的ではない。
映画の中に現われる哲学的な側面に焦点を当てることにより、
読者を、哲学という学問の世界に誘(いざな)うことを意図している。
もちろん、そもそも『マトリックス』はSFXを駆使した娯楽映画であり、
派手なアクションを楽しむだけの人がほとんどかもしれない。
しかし一方で、この映画を通じて哲学の世界に足を踏み入れることもできる。
そして娯楽映画を楽しむ!のと同じように、哲学という行為も楽しめるのだ。
様々なこむずかしい考察に、全て賛同する必要はない。
それらを足掛かりとして、読者自身が哲学を楽しみさえすればよい。
本書を低く評価する人は、哲学を「楽しむ」ことができないのかもしれない。
そういう意味では、本書は読者を選ぶ。
映画の手のひらから一歩も出られないかわいそうな「学者」たちの作文集
ポストモダンちっくな映画批評というのは、もうホントにワンパターンなことしかできないのを如実に示しているトホホな本。映画「マトリックス」をネタに空論学者が議論をしているのだけれど、それがもう泣きたいくらいありきたり。 フェミニズム学者は、後頭部にプラグを差し込む行為に性的な深読みをしてみせるし、文化相対主義者は、すべてはシミュレーションかもしれない、というのを嬉しそうに言うだけ。その他、予想がつく議論がまるっきり予想のつく形で展開されるだけの無力な本。映画そのもののおもしろさや可能性を踏み越える論文(というよりただのエッセイ)は一本もない。