夢か現実か
夢というのはとても幻想的ではあるけれど、ときどきすごくリアルに思えるときがある。そして目覚めたとき、夢の中で出会った人や出来事や、そのときの感覚を必死で思い出そうとして、でもなかなかその実体が掴めない。『夢十夜』もまさに、夢なのか現実なのかわからない目覚めたときのあやふやさの中で書かれたようなお話です。第一夜と第三夜が好きです。百合の花となって百年後(本当に百年経ったかどうかは別として)、恋人と再会するロマンティックさ。背中におぶっている自分の子どもに導かれ、だんだんと謎が明かされていく恐怖。全く違った趣を持つ話ですが、輪廻転生という点では一致しています。
金井田英津子さんの版画は、各話ごとに限定された色調で、大人のための幻想的な絵本を読んでる気分にさせてくれます。雲だたなびく満月の中で、片手をつき目を閉じている漱石を見ると(『夢十夜』がどのように書かれたかどうかは知りませんが)、こんな夢を見てそれを文字にできる漱石という人は、『こころ』や『坊ちゃん』などを書いた漱石のすごさとはまた別の意味で、すごいなあと思ってしまいます。
漱石への見方が変わりました。
正直言って夢十夜を読むまで私は漱石を好きではありませんでした。
なんか陰気臭いし、救いがないことが何よりすきになれなかった理由です。私は夢十夜を学校の課題で読みました。
夢十夜というくらいなので、第1夜から第10夜まで分かれた短編小説です。
最初にこの夢十夜を評価したといわれる伊藤整曰く、漱石のあたまんなかにある夢のようなことが、写実的な文章で描かれることでより現実的になったんだとか。。。
確かに話自体は不思議なのに、文章は現実のことを書いているようだから余計に不思議な雰囲気が出ているような気がします。
文献を調べてみると、漱石が調度この頃出した手紙に、死ぬくらいの覚悟で文学に取り組みたいと思う、草枕みたいに美的世界に漬かってたんじゃダメだ、と!いう内容のものが。
第十夜で、美的世界の代表者みたいな男の子を殺しちゃう(正確には死ぬ直前)んですね、苦悩しながらも夢の世界から決別する漱石の姿が、今まで私の描いていた漱石と違って見えて、なんだか好きになりました。
この作品が漱石にとってそういう大事な転換期に出来たものだと思うとより興味深くなりません?
でもまあ、そんな難しいこと考えずに短くて面白いもんですから、楽しんでみてくださいな☆
漱石の幻想的な物語
夏目漱石による短編集。十夜分の話が一夜ずつ展開していく。夢とタイトルにつくだけあって、どれも摩訶不思議な話だ。そしてなぜかしんとした静けさに似た恐怖が胸に降る話が多い。変な夢を見てがばっと起き上がるあの心持ちにもどこか似ている。運慶が彫刻を彫っているところを眺める夢はなんだかユーモラスだ。仁王は木の中に埋まっているというのはミケランジェロの言葉を思い出させる。大理石の中に埋まっている女神やなんかを助け出すのが彼の仕事だという言葉だ。
漱石の文章は何かを描き出す時の筆致が非常に細かい所まで行き届いているのに感心するが、この作品でも登場人物の表情や服、その雰囲気などを美しくかつ正確に描写している。一つ一つの話が絵となって心に残るような作品だ。