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階層には財産という経済的側面だけでなく、何を食べ、何を着て、どんな振る舞いで、どんな友達と、どんな話題を話すかという文化的な側面にも相関性があるということを説いた『ディスタンクシオン <1> -社会的判断力批判 ブルデューライブラリー』に代表されるフランスの社会学者、ピエール・ブルデューの初期の作品。 今になってこれが日本語訳されるということは、昨今の叫ばれている日本の「非婚・晩婚化」と、それに乗じて巻き起こった「婚活ブーム」の影響があるのだろう。 この論文が扱っているのは、19世紀後半から20世紀中盤にかけてのフランスのとある農村という、21世紀の日本とはまるで違う時代と地域ではあるが、それでも共通する部分があるのだから面白い。 当時の農村の家族形態とは「株家族」と呼ばれ、家の存続のため長子が一家の土地・財産を一手に相続する代わり、次子以下が結婚して家を出る際には「婚資」というものを相手方の家に収めなければならない。この婚資がかなり嵩むらしく、非常に面倒な社会であったのである。 しかし、その「株家族」という制度が形骸化していくうちに、今度は結婚できない男が増えたらしいのである。結婚が家の存続のためでなく個人の選択になったが故に、農村の娘はよりオシャレでシティー派のボーイを求めて、都会に出て行ってしまう。そして農村に残されるの男たちは、一生結婚できないで年に一度のダンスパーティーで踊る若い男女を外側から指をくわえて眺めるほかないからである。 ブルデューが論じるとおり、家族にとっても個人にとっても結婚とは、カードゲームのようなものなのかもしれない。 両親は産まれる子どもの性別も素質も何も選べないし、結婚する個人も自分の容姿や家の境遇を有利なようには設定できない。それはカードゲームで偶然的に配られた手札のようなものだ。 自分がドロップアウトしない限りゲームは続くわけであるから、ブルデューが言うとおり与えられた手札でできる限りの戦略を練って行動せねばならない。それは19世紀の人間も21世紀の我々だって同じこと。 これを読んで、ダンスパーティーを周りから寂しく眺める役回りだけは避けたいと、決意を新たにしたのである。