木陰のハンモック
タルコフスキーの映画ほど 多くの人が「眠くなる」ということを公言する映画を小生は寡聞にして知らない。勿論凡百の眠くなる映画はある。しかし その場合普通眠ったことは 別に言わない。タルコフスキーだけは違う。見た人が皆 胸を張って「私は眠った」と言う。これが異様なことである。 格好つけて言うなら 彼の映画には 人間の無意識下に働きかける「何か」があり 民俗学でいう「入眠現象」に極めて近い体験をするということかと思う。実際 彼の映画でうとうとすると 大変気持ちが良い。そうして それ自体が タルコフスキーの映画体験の一部を構成する。そう言い切っても良いと考える。
「ストーカー」の眠気も折紙つきである。SF映画でこれほど湿気と土の匂いに満ち満ちた映画は他に知らない。見ている我々も雨や草の露でしっぽりと濡れてしまう気がする。主人公たちが追いかけているものは 異星人なのか 神なのかも良く分からない。ラストシーンを見ると やはり神だったのかとも思う。
しかし その間我々は湿気に包まれて しばしば心地よく意識が飛ぶ。目が覚めても 同じ「湿原」にいる。
誠に稀有な映画体験である。ハリウッドの映画がジェットコースターだとしたら 本作は 木陰のハンモックである。しかし 周りの景色の美しさは例えようも無い。