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火垂(ほた)るの墓の解説父は出征で消息が知れず、空襲で母と家を亡くした兄妹が、親戚の家に引き取られるも邪魔者扱いされ、やがて防空壕に移り住み、ふたりきりで生きようとするのだが…。原作者・野坂昭如に「アニメ恐るべし」と言わしめた、高畑勲監督の傑作反戦アニメ。 火垂(ほた)るの墓の商品レビュー 某掲示板にて
あまりにも的を射たレスがありましたので全文転載させていただきます。 確かに…
レビューを少し読ませてもらって、主人公の男の子の弱さを初めて理解しました。 清太は一生懸命生きた
まず清太が戦争を生きようとしなかったなどというレビューはこの映画を全く理解していない人の意見だと思います。清太と節子が死んでしまったのは、清太の判断で2人が親戚の家をでていってしまったのが原因だというのはわかります。本来なら清太は親戚のおばさんに謝って、家事の手伝いなどをして何とか家に住まさせてもらうべきでした。でもなぜそうしようとしなかったのか。その理由はただ一つ、清太がまだ"子供"だったからだと思います。それは本編をみる限り、清太の家庭が裕福でおそらく特に何不自由なく生活してきたのが関係しているはずです。常識や礼儀を覚える早さは家庭や周りの環境で個人差があります。つまり清太は親戚の家に住まさせてもらうためにすべき事をしなかったのではなく、まだ知らなかっただけで、家を出ていったのも、おばさんを嫌がっていた節子のために子供の清太が考えてだした決断なのだと思います。確かに清太の判断は正しくなかっのかもしれない。でも、それでも清太は節子とずっと生きていけると思っていたはずだし、節子のために必死に走り回り、必死に生き抜こうとしていました。そんな妹思いの優しい少年が最後はあんな可哀想な姿で死んでいきました。当時はそんな清太と同じような境遇の子供がたくさんいたんじゃないでしょうか。この映画は清太が戦争時代を生き抜こうとしなかった話でも、清太のだらしなさを象徴した話でも決してないと思います。 苦しかったことも、過ぎ去れば忘れるものなんだな。
これを一通り見て、今の政治を思いました。 無慈悲な死が日常的であった戦時中の風景
映画を通じてまさしく痛感するのは、「死」が日常的の風景であった戦時中・終戦直後の個別の「死」の扱われ方のあまりにも無慈悲な「軽さ」である。この映画はその「軽さ」がいかに残酷なものであるかを美しい音楽や風景とともにえぐり出し、我々の心に深く刻み付けてしまう。7歳の娘とともに見たが、泣いたのは私であった。愛する妹や弟を守ることができなかった後悔は、戦争を体験した何十万、何百万の人が覚えていることだろうが、その心情を心の底から受け止め引き継いでいくことが必要であることを再認識する映画である。 DVDの最新売り上げランキング - トップ10
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