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私がどうにも我慢ならないのは、主人公の娘がアホそうなところである。観て真っ先に「痴女」という言葉が頭に浮かんだ。製作の意図が如何ようであれ、これでは・・・フィルムに写っているのは、思春期のプリミティブな欲動というより、ただのマヌケな娘だ。他の思春期を描いた作品―例えばサガンの手に拠るものなどの成功しているのは、成熟した知性がのなかに、抑えようのない情熱のようなものがあるからである。
製作の意図が如何ようであれ、これでは・・・フィルムに写っているのは、思春期のプリミティブな欲動というより、ただのマヌケな娘だ。
他の思春期を描いた作品―例えばサガンの手に拠るものなどの成功しているのは、成熟した知性がのなかに、抑えようのない情熱のようなものがあるからである。
フランスの女性監督カトリーヌ・ブレイヤが、粗暴なまでに素朴、かつ不条理な思春期の少女の性を非常に生々しく描いた作品。映画に「爽やかな感動」を期待する人や「興奮させてくれるエッチさ」を期待する人はこの映画はやめたほうがいいです。 1976年制作の映画ですが、本国フランスでもつい近年まで映画館で上映されることはありませんでした。「女性の視点を導入したエロ映画」を頼んだプロデューサーが期待していたのは「ソフト」なものだったのですが、ブレイヤが描いたものはプロデューサーの期待にそむき、あまりに「バイオレント」だったからだそうです。確かにこの映画は、女性の観客をも男性の観客をも、ある種の「居心地の悪さ」をもって乱暴に揺すぶるでしょう。大人の世界の未知の部分、つまり「性」に対する関心・困惑・羞恥、そしてそれと相反するある種の漠然とした虚無感・軽蔑のミックスのようなものは誰しも思春期に経験し、そして忘れていると思いますが、この映画はそれを思い起こさせるからです。この映画における主人公の少女の「剥き出し」の性は、エロいどころか、あまりの粗暴で虚無的なパワーに、どこか鳥肌がたつような荒涼としたものを感じさせます。また、少女の目を通してうつる大人の性も、いってみれば「興ざめ」、つまり大人の性だって、実はそう洗練されたものでなく興奮するようなものでなく、基本的に非常に個人的でプリミティブで粗暴で不条理で滑稽で情けなく混乱したものではないかと思わせるのです。この映画を「繊細」とよぶとしたら、その繊細さはまさに上記のような「粗暴さ」の中にあるといっていいでしょう。 内容からしても、70年代低予算映画っぽい照明や画質の悪さからしても、B級映画ファン、カルト映画ファンにはおすすめです。 なお、邦題は「本当に若い娘」とされていますが、原題は"Une vraie jeune fille"で、本当に若い娘という若さを強調したような意味ではなく、直訳すれば「とある本当の少女」「ある真の少女」「とあるリアル少女」、つまり、意味的には「実際の少女って例えばの話、こんなもんよ」という感じです。『エコール』のような繊細な少女像を期待していると見事に裏切られるでしょう。