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マーラー:交響曲第9番の曲目リスト
マーラー:交響曲第9番の商品レビュー クリアな夢の中で怖れ彷徨う
1995年12月、シカゴのMednah Templeで録音。数あるオケからシカゴ響を選択し、音響の妙味ある寺院を選択したところに既にブーレーズの意図が垣間見える。 客観的なる心拍停止の音楽
マーラーの交響曲第九番は、いわば、死を眼前に据えて、理性的かつ情念的に、描こうとしたものだと言ってもいいと思う。ただ、ここで言う理性や情念は人間が行使することのできる能力を指す。果たして、人間理性や人間情念が、死という人間の条件、いわば、有限である人間の定めを描写できるか否やにかかっている。死が消滅を意味するならば、人間情念の荒ぶる表出も、やがては消滅する運命にあることになろう。さればこそ、ブレーズ指揮による第九番の冷静さこそ、それに相応しい。死から逃れられないことは、第三楽章の忙しげなアイロニーや、心拍停止の第四楽章最終部分の静寂が示しているはずだ。個人的には壮大な死を演出するホーレンシュタイン盤に一票。 まさしく神
このレビュー書き込みながらも、9番の4楽章を聴いています。 謙虚にして、ブーレーズ自身の武器をうまく使った名演
ピエール・ブーレーズ氏のマーラー交響曲の録音。白鳥の歌ともされる第9番では、シカゴ交響楽団を選んだ。演奏自体は情感を抑制し、細部を強調することなく鳥瞰図のように全てが見通せる作りをしているが、もちろんそれだけではない。例えば第三楽章のブルレスケでは、前半ではいたずらに荒れ狂う表現に陥らぬようにオーケストラをコントロールし、一つ一つの旋律線が消えていくように演奏させている。そのことで不思議な寂しささえ感じさせる表現である。トリオを挟んだ後半では、その抑制を解く。そのことによって、ありきたりではあるが、感情の解放につながるカタルシスを得ることができる。終楽章もテンポは速く淡々としているようで、すべての動きが見通せるため、曲自体がもともと持っている諦観や哀しみに似た感情がひたひたと伝わってくる。よく考えられた演奏である。 泣ける
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