いっしょに地獄へ行きましょう
「六月の蛇」を観た。 飛び込んでくる映像をひたすら解釈しないといたたまれないような「しんどい映画」(これは絶賛の意味だ)だ。
でも、そんな抵抗は意味がない。映像は、否応なくすべての「媒介」を排除し、直接的に見る者の感覚の髄にたたき込んでくる。息もつかせないのだ。くすんだ青と、激しい雨と水の流れる音。表情を失った女と男が地を這い、高揚とカタストローフへ向かう。映画が終了し、黒地に白文字のクレジットの流れを呆然と見遣る。まるでカタストローフが自分の内で生じたかのように私はその場から動けなかった。
テーマは死と欲動?現代人の孤独?などいくらでもあるだろう。語りたい人が語ればいい。ここには映画の神髄がある。神髄!、それは「意味やストーリーなんかどうでもいい」だ。
とは言いつつも、敢えて「語る」なら、脅迫で「犯人」が使うセリフ「いっしょに地獄へ行きましょう」がこの映画の「テーマ」かもしれない。 「地獄」がなんだか分からないけれど、これはまさに観る者に向けたセリフなのだ。
「いっしょに地獄へ行きましょう」。この映像に触れると素敵な「地獄」へ行けますよ。なんだか分からない「地獄」に触れられますよ。
・・・塚本晋也監督がまたやってくれました。(そうそう、観た後、しばらくして冷静になって、キューブリックの「シャイニング」を思い出しました。)