In The Heat Of The Night
レイ・チャールズが歌うこの映画の原題でもある「In The Heat Of The Night」をバックに、画面の奥の一点の光が徐々に大きくなり列車の灯りとなり通り過ぎていく渋いオープニングからグイグイ引き込まれる。このオープニングはこれから始まる殺人事件をめぐる「熱い夜」を暗示しているようだ。
この映画に殺人事件の謎解きを期待していると少々ガッカリする。そんなものはこの映画のテーマではないからだ。人間の持つ偏見がいかに危険なもので、冤罪を生んだり人間関係を崩していくものであることを中心に描いたドラマだからである。偏見で自分のやり方を崩さないロッド・スタイガー演じる保安官はその存在自体が観る者に不快感を与えるほどリアルだ(彼はこの役でアカデミーを取っている)。彼の存在は「許されざる者」のジーン・ハックマンに類似しており、何らかの影響を与えているのかもしれない。そして、この偏見だらけの保安官が主人公のシドニー・ポワチエとぶつかり合いながら次第に友情が生まれてくる点もドラマの面白いところ。
クインシー・ジョーンズの音楽や街の風景や綿花畑の映像は南部の雰囲気を十分表現しており、ドラマにリアルさを加える効果をあげている。最近にはない硬派の人間ドラマの傑作といえるだろう。ところで、この「夜の大捜査線」という邦題は「In The Heat Of The Night」を訳したものなのだろうが、大捜査線というと何か大きな黒幕がいる事件を解決する映画と思いがちで(現に私は子供の頃この映画をそのような映画と思い込み初見のときはいささかガッカリした)、原題の雰囲気を出していないと思う。邦題の決め方に問題があるのではないかと思っているのは私だけだろうか。