強暴なまでに進化を遂げた映像
「強暴なまでに進化を遂げた」とのキャッチコピーを耳にしたが、「イノセンス」の映像は確かに強暴な美しさだ。押井守の作品はウォシャウスキー兄弟やジェームス・キャメロンといった世界の一線級アーティストに多大な影響を及ぼし、今尚その状況は継続しているが、彼らの作品と比べても、押井作品は物語の含む神秘性、高度な思索性といった点で一層深度を獲得している(それゆえに、作品の側が、見る側を選ぶ要素が生まれる)。その物語性の裏付けを獲得するためにひたすら追及していった一画面、一画面がもつ極限情報量の可能性がここで一つの結実となっている。音楽と背景映像(そしてフラッシュバックのように挿入される文字)によって構成される本作品は、押井守作品の中では六本木ヒルズオープニングのために制作された「TOKYOSCANNER」(音楽:蓜島邦明)と雰囲気が似通う。どちらも観ているうちに不思議な、夢とも幻とも思える浮遊感につつまれる作品だ。また、映画のプロモーションビデオ的作品としては「ケルベロス」でもナレーションを含む30分の別作品が作られており、これも同傾向といえるが、やはり作品自体の影響力を考えると、本作品は一層存在感がある。映像は映画本編の美術を、楽曲は既発のサントラから伊藤君子が歌う2曲を含む7曲が用いられており、「聴きどころ」といえる曲が選ばれているので、サントラを買うより、こちらで映像も楽しもう、という筋があってもいいだろう。またストーリー性などは特に持っていない(高度に抽象化されている)ので、映画を見る前に見てはだめ、というわけではないが、映画初見の衝撃を一気に強めたい人は、やはり映画本編を先に観た方がいいだろう。
それにしても、ここまで進化してしまったアニメーション技術は、逆にいよいよ収拾のつかない状況にあるのかもしれない。もはやアニメーションという定義が旧来の辞書的な意味では追いつかなくなっている。この映像詩を観てその感慨も新たにした。
すごいな・・・
恥ずかしながら本編は見ていません。日本のアニメって今どんななのだろうか、と興味本位で買ってみましたが、見ながら背筋に強い寒気を感じました。一部の隙もない張り詰めた空間、その凄まじいバランスの中に広がる仮初の実存域、強い忘我の効果がある音楽が相俟って、何ともいえない”狂気”を感じました。恐らく、本編を見ていないのでストーリーを感じるものが何もない、本当の情景を見ている所為かも知れません(極端かもしれませんが、深夜に時々放映されている自然の風景や動物と、ヒーリング系の軽音楽、あれの極めて遠いベクトルに位置している作品だと思います)。特に「follow me」が流れている時の、匂い立つような生々しい街角の風景は奇妙な切なさを感じさせます。映像自体は近未来ながらも自分の過去世を弄くられた思いがしました。とにかく驚きです。おいてきぼりを喰った感がありました。だけど、この映像や世界観に慣れていく自分が嫌だな・・・
それと、ボーナス映像。
あれが一番、心に響きました。ちょっと泣けました