虚像の世界の住人たち
まず断わっておきたいのだけれど、僕はゾダーバーグ監督が大好きである。だから彼がどんなに意味不明な映画や、商業的な映画を作ったとしても、僕は必ず映画館に足を運び、その映画を観るだろう。そしてこう思うに違いない。「誰が何と言おうとこれは良質だ」と。そう、この良質さこそ僕が彼の映画に惹きつけられる理由なのだと思う。それは実験的な演出だの、アナ―キーでスタイリッシュな映像のセンスだの、そんな外面的なものではなく、もっと本質的で基本的な部分の良質さだ。もちろんこの「フルフロンタル」も間違い無くそんな良質な映画のひとつである。誰が何と言おうと。けれどもそれ以上に、僕はこの映画に不思議な魅力を感じている。それは、この映画がゾダーバーグにとって、はじめての「人間を描いた群像劇」だからだと思う。「フルフロンタル」の登場人物はどれも奇妙でおかしく、活き活きとして魅力的だ。そして、それぞれが持つ物語が僕らの住む現実の世界にオーバーラップしてくるかのようだ。でも結局のところ、これらの登場人物は、ソダーバーグによって映画という虚像の世界に閉じ込められてしまう。舞台の幕が降りた後、役者達が再登場して観客に挨拶をするような、そんな律儀さを持って。だから今、フルフロンタルの住人達は僕の中にはいない。フルフロンタルの住人は、あくまでフルフロンタルの住人なのだ。ハリウッドと言う虚像の世界の。