名場面はやはり「カッちゃんの死」、&「りんごです。」
初めてタッチが放送されたとき、私はまだ7歳でした。当然、内容の深い所まで理解はできませんでした。その後、何度も再放送され、その度に自分の中で作品の解釈や、場面の解釈が変わってゆきました。これ程、何度も再放送され、そして見るたびに違った解釈ができる作品も珍しいと思います。「タッチ」の名場面を挙げれば切りが無いですが、敢えて選ぶとしたら「カッちゃんの死」そして、最終回近くの「りんごです。」この2つの場面に尽きると思います。
まず「カッちゃんの死」。これはその場面その物が重い意味を持っているだけでなく、作品全体の中でも1つのターニングポイント(転換点)になっています。「カッちゃんの死」を間接的に暗示する場面が随所に出てきます。例えば踏み切りでトラックとすれ違う達也。歩道の人だかり。セミの声。「死」を暗示する表現の数々。そして「カッちゃんの死」も直接的な表現は少ない。場面の中から視聴者が読み取るしかない。唯一、言葉で表現されているのは達也のせりふ「きれいな顔してるだろ。死んでるんだぜ、それで。嘘みたいだろ。」
悲しみの表現も言葉ではなく場面で表現されている。タバコが燃え尽きても気づかない父、湯を沸かして気づかずに悄然としている(悲しく静かな様子の)母。クラシックのボリュームを上げて和也のベッドに伏せる達也。線路下でむせび泣く南。このシーンはどれもせりふではなく画面と音楽から登場人物の心情を読み取る。こういった演出は前にも後にもこの場面だけであろう。そしてこの話の後から、3人の幼馴染(おさななじみ)の話ではなく、和也の遺志を継いだ達也の努力の物語へと方向が大きく変わってゆく。そういった意味でもこの「和也の死」は大きな意味を持っている。
もう1つの名場面は、最終回近くに柏葉監督の病室を達也と南が訪れて、帰り際に達也がウイニングボールを手渡し、「何だ?」「りんごです」。達也が去った後、手触りでそれがりんごなどではなくウイニングボールだと悟る場面だろう。この場面はまず、「りんご」という表現その物が名台詞でしょう。「ボール」でもなく「プレゼント」でもなく「りんごです」という表現を使ったのがいかにも達也らしいと思います。そして、ウイニングボールを「和也」でもなく「南」でもなく、「柏葉監督」に挙げたと言うのも重要な意味を持ちます。それまで和也の遺志をついで3人の夢を果たすために頑張っていた達也が初めて「自分のため、そして自分を育ててくれた監督のため」と初めて自己主張した瞬間ではなかろうか。初めて「自分のため」に野球をすることができた、その証なのではなかろうか?
長くなりましたが、これだけ何度も再放送され世代を超えて愛されている作品が、末永く後世に語り継がれてゆくことを願ってやみません。

80年代アニメーションの大河ドラマ
『タッチ』は、単なるスポ根マンガ・アニメではない。
原作・TVアニメ版ともに、れっきとした文芸物語なのだと思う。3年間の光り輝くような高校生活を描く長編ストーリーだからこそ、終盤に向かう辺りでは、その感慨もひとしお。
第1部では、ギャグ連発のお笑い学園モノかと思わせて、最後には衝撃的な悲劇が待っているという、心憎い見事な演出。
達也と南が高校2年~3年になる中盤は、中休み的な要素が大きいが、その緩んだお笑い場面と、2人を取り巻く恋愛の微妙な揺らぎがあってこそ、次のクライマックスへと向かう大事なステップとなるのである。
そして、オープニングで『情熱物語』が流れ始める、第4部。
達也のたくましく成長した姿――弟のためにひたすら投げる、せつない執念――が、ただただ涙を誘う。なんていい兄貴なんだろう。そして、新体操のスターとして騒がれる一方で、そんなタッちゃんを見守る南ちゃんの複雑な想い。2人の心の中で、カッちゃんはいつまでも生きているのだ。
こんなに爽やかで熱血にあふれた作品、他を探してもないでしょう。
そして80年代だからこそ生まれ得た、その懐かしさは、いつまで経っても色褪せない。この時期の雰囲気を感じながら子ども時代を過ごした人は、タッちゃん・カッちゃん・南ちゃんとともに成長するのです。永遠に。
だから、2005年の秋に実写版で映画化されても、この感慨深さ、懐かしさ、そして大河ドラマだからこそ味わえる作品への愛着というものを、越えられるはずがない。これは、劇場版アニメ3作で失敗したのと同じで、3年間という時間の重さを、たった2時間の映画としてコンパクトにまとめられるわけがないのだ。続編のTV放映用に製作された「~Miss Lonely Yesterday あれから、君は・・・~」もまた、登場人物全員を出して“その後の『タッチ』”を描こうとしたが、ストーリー的には無理がある設定で尻切れトンボの感が否めないし、全体的に暗く希望もないラストで終ってしまっている。
ただ、かろうじて、最後の続編となる「CROSS ROAD 風のゆくえ」は、舞台をカリフォルニアに移して新天地へと向かう寡黙な達也の決意と、進むべき道の見つからないままスポーツ・カメラマンのアシスタントとして働く南の悩みが、当時の自分の姿と重なって、涙を禁じ得なかった。そして和也の存在も、決して忘れられてはいない。主題歌を担当した坂本サトルの歌詞「夢を叶えた人は どこへゆけばいい/夢の見つからない人は 何を仰げばいい」という箇所は、まさに真剣に悩みながら迷いながら、前へ進もうとする若者へのエールなのだ。
あと、TVアニメ版で全編にわたって流れるショパンの使い方が秀逸!
もちろん、芹澤廣明氏による主題歌・挿入歌も、鼻血が出るほどかっこいい。
だから、原作全巻とTVシリーズDVD-BOXは、何度でも心の青春を謳歌したい人にとっては必須なのです。みなさん、給料はたいて、揃えましょう!!
