素敵でした
期待に胸を膨らませて購入してきました。相変わらず一曲目からインパクトがあり、洋楽器とのピンと張り詰めるような競演にも引き込まれました。前作とも前々作ともちょっと違う味わい。コンセプトアルバムは初めてといっても、やはり各アルバムごとに特徴があって、「輝煌」は雄大で華やかな感じがしたけれど、「敦煌」はあでやかで少しミステリアスな感じ。いい曲が多くて、聴き込むほど味が出てくる気がします。一番好きな曲は不思議なヴォーカルが入る「7.莫高窟」です。
カヴァー曲の「大地の囁き」と「異邦人」にはとても感激しました。ただ、女子十ニ楽坊のオリジナルアルバムはカヴァー曲がなくても十分だと思います。
彼女ら音楽的スタンスとプロモーターの意図に異議あり
まず、思うのが彼女らは完全に商業主義に躍らされていて悠久の中国楽器の魅力を相殺している気がしてならない。それが一番集約されているのが彼女らの音楽性とプロモーターの意図に現れている。確かに中国楽器を日本へアピールした点においては、収穫があったのかもしれない。また洋楽器との融合も賛否があったにせよ試み自体は悪くない。実際最近のクラシック界においても、三味線の上妻、バイオリンの寺井・五嶋、ギター界の村治、アコーディオンCOBA等が他ジャンルとの融合を試みる事で、その楽器に対する固定観念の払拭を成功させていたり、各楽器の知名度のアップを強大に貢献している事からも明白だ。またその多くが若さを生かしたポジティブな意味での既存価値を維持しつつも壊している。
しかし上記アーティストと十二楽坊との決定的な違いは、その行為が自主性の元で成り立っているか否かだ。上記に挙げたアーティストは少なくとも十年以上にも渡るキャリアの中で試行錯誤しつつ編み出した中で生まれたスタンスだ。しかし十二楽坊は、プロモーターの言われるがままに融合を試みた雰囲気が見え隠れしてならない。商業主義により本来の魅力を殺しているようだ。中国は、どの楽器においても完全なる階級性を取り入れ、楽器に対する真摯性は譲らないはずなのに惜しい。
演奏スタイルもそうだ。明らかに媚びたような「作り笑」にひいてしまう。多分これも演出家から言われるままにか、或いは言葉の壁を感じた彼女らなりの処世術なのか?例えばピアニストのユンディリ-やフジコへミングのように自分の人生を音楽に重ね合わせ或いは、エクスタシーを感じて発する表情なら感動するが、あのような画一的な笑みは、感動は愚か不快感を抱く。音楽に対しての冒涜かも。
敢えて苦言を呈してもらった。というより最近の音楽に対して物申したくなった。