メタファーとしての美しさ
美しさとは?これは重要ではあるが陳腐な問いだ。
この映画はレスターやジェーンの価値転換やリッキーの撮ったショートフィルム、リッキーの両親など、二項対立では描くことができない、人のグレーゾーンをうまく描いてゆく。二面性みたいなもの。役者も文句なくうまい。醜悪なものがみせるふとした瞬間の美しさ。もちろんその逆も。人生の無常。当然のことなんだけど、でも、そんな映画ってあんまりない。この映画を見ても「美しさ」が分かるわけではないが、この映画は美しい。それは、さまざまなシーンを美しさの暗喩として感じることができるからではないか。
ああ、そうか、これは人生そのものじゃないか。
見るたびに思う。その思いは強くなる一方だ。
アメリカの価値観を問う作品。
アカデミー賞獲得した作品。2時間、ずばりアメリカの価値観を問う作品。
アメリカにとって美とは何か。この美は本当に正しいのか。 中流階級に成り上がった二家族をコメディータッチで描きながらゆっくりしたペースで進む。共稼ぎ、子ども娘一人。軍人の父とうつ病の母、精神病院入院歴ある息子。
彼らがおりなす物語は滑稽であるが現在のアメリカを見事に描いているのかもしれない。日本国の我らも共感してしまうエピソード多い。アメリカは別世界では無い。日本はアメリカにかぎりなく近い国になっているのだ。今という時代を残す資料として貴重な作品といえるのかもしれない。離婚・不倫・ホモセクシャリティー・ドラッグ・拳銃その他諸々。他人事とは思えない。この作品をアカデミー賞を与えた審査員たちは何を考えていたのであろうか。
ん~
アカデミー作品賞受賞作の中で世間の評価が分かれる稀有な作品。ただ、この映画が公開された当時、今のアメリカの現実を鋭くとらえているなどと評する映画評論家はいました。
思うに、この作品は観る世代でかなり評価がわかれるのではないでしょうか。主人公のケビン・スペイシーの世代の、しかも男性はこの主人公の置かれている状況に理解を示すことはできると思います。
しかし、それ以外の世代の方、女性の方には共感を得ることは難しいと感じました。
ひとつ言えることは、一回観ただけではこの映画はわからないということです。ご覧になりたい方は何度も繰り返して観てくださいね。