せつない。いたいたしい。でも現実って、こうだろう。
アカデミー脚本賞をとったし、人生をワインのうんちくで語った、なんて誘い文句につられて見た。しゃれた、アメリカらしい映画だろうなと思っていたら、ちがいました。これほど「痛い」映画はちょっとない。何が痛いって、主役の俳優です。さえない中年男が主人公っていう映画でも、設定はそうだとしても、役者は結構ちゃんとしていることが多い。でもこの映画の主人公は、ほんとにダメで、不器用で、もてなくて、正直で、身近にいる、そういう人物そのまま。頭頂部ははげているし、お腹はたっぷり出ている。でもそういう外見より、歩き方とか、振る舞いが、そういうひと独特の匂いが漂っている。
でもこの人と親しくなる「マヤ」っていう女性(女優)がすごくいい。彼女と、主人公は、最初は、結ばれない(肉体的に)。マヤはサインを出したけど、主人公は不器用で、そのチャンスをゲットできない。でもできなかったからこそ、彼らは、もう少し、友達でいる時間が増えたし、時間をかけて親しくなっていくことができた。それを説明してないけど、この映画は暗黙のうちに示していて、その点、すごくいい。だから自然な形で、主人公はマヤに後ろから、肩に手をかけて、ふたりは部屋に入り、一夜を共にすることができる。カメラは、部屋の外に固定されたままで、フィックスして、夜が朝になったことを光の変化で告げる。家の玄関ドアを開けて、マヤが出てくる。このときの彼女の表情。すばらしい。この一連の場面が、この映画の中で最もすばらしい。でもその幸せも、すんなり彼のものにはならない。後の話の展開も痛い。それでも最後は、いい感じで終わる。はっきりとしたことを映画は語らない。安直なハッピーエンドでないのは、甘いだけのワインなど、深みがなくて、三級品だということと同じなのだろう。とにかくマヤさんがいい。