疲弊と汚濁と快楽と
飲みすぎて胃を裏返すほどに吐いて、頭は酩酊をとどめているのに、身体は一足先にすっきりしているときのような。あるいは、一晩中踊って、明け方の薄青の中を地下鉄の駅に向けて、鈍重な体に、それと裏腹に風通しのよい頭を乗せて歩いているときのような。
そういう、自分の中でいろいろなことが裏腹に、ばらばらに存在して、それらに引き裂かれるときの苦痛と快楽の喘ぎを再現させられる音が鳴るアルバム。
星を一つ減らしたのは、そんなふうに翻弄されるのが、くやしいから。
鬼才
批評家は職業的な行為としてその対象を批評します。
それ故、たかが素人が自分の好きなアーティストを批評されたからと言って、肝心な音楽も聴かずこのような公共の場でコメントをつけるのは相応しくありません。人間として恥ずべき行為でしょう。そこら辺の理解が及んでいない精神年齢の方々を見るたびに、嘲笑せずにいられません。もっと毅然とした態度で望めばいいのではないしょうか?過去の作品から一貫して、メランコリックとエロティックなジャズスタイルを続けている菊地。近作もそのラインを突き詰めた感があります。それでいてバリエーションも増やしており、もはや「ジャズ」という枠組みに入れる必要もなくなってきたのではないでしょうか。一定の域を脱してしまうと、クラシックもジャズも「ポップ」になってしまう時代で、菊地のスタイルは独創的な世界感を保持し続けていると思います。
ミュージシャンとしてUAやカヒミ・カリィらのサポートを続けつつも、こういったアーティストとしての活動も惜しみなくやって欲しいなぁと常日頃思っています。