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できてしまうから。 ということになりませんか。 英語だと分かりやすいかもしれないですけど、動詞が省略されているということは それ以前の会話の中の動詞にかかっていると考えられます。 ナオミの夫が浮気をやめるといっていたすぐあとに、私はできるからっていうってことは、 浮気ができるってことですよね。 残念ながら子供が死んだのか、最後踏切で死んだのかはわかりません。 そしてこの映画は浮気を続けるって言う選択肢を想像させるものではなかった気がします。 一時の肉体的、精神的快楽のためだけに家族を犠牲にして浮気をし続けることは、 かなりリスクが高く、そしてそれは本当に一時でしかないこと。 それは分かっていても、長年の結婚生活に疲れてしまう夫婦。 その疲れのはけ口を求めてしまう男女。 この問題は一概には解決できないからこそ映画にもなったんじゃないでしょうか。 こういう類の問題を、「ああ、それならこうすればいいよ」って言う人はいないでしょう。 夫婦論みたいなものって学問として認められてもいいんじゃないかってくらい 難しい問題だと思いますよね。 英語なんかしゃべるよりもずっと夫婦の問題解決の方が学問になっていいと思いますよ。 悲しいですね。
どうしても、結末の意味がよくわからない。 誰か教えてください。。。 踏み切りで心中したのか? 川にいた子供ふたりはちゃんと連れて帰ったのか? 「私にはできるから」 日本語訳でよくわからず、英語字幕にしてみたけれども、そのままだった・・・ 結局、どうなったのか? どっちも容認されてるような感じだったし、 今の夫や妻だけでなく、不倫相手とも、別れなくてもいいのに、 と思ってしまった・・・
邦題にある言葉。「選択肢」?そんな話では全く無い。まさに原題「We don’t live here anymore.」の内容。 親しく付き合っている2組の夫婦。どちらの夫婦にも子供がいて、特に生活にも困ってもおらず、一見幸せそう。「なぜか」その幸せな生活に満たされないエディス(ナオミ・ワッツ)が、密かにジャック(マーク・ラファロ)と関係を持ってしまう。互いに危険を楽しむ域から、本当の愛へシフトしていく様子は、「極普通の倫理観」を持つ人間と思っているつもりの私には共感できかねた。 百歩譲って単調な日々に「危険」を求める気持ちを理解できたとしても、家庭崩壊に至るまでのめりこむ彼らを私は理解出来なかった。 特典で「登場人物を理解できるか」と4人に尋ねていたが4人とも実に歯切れの悪い答えだった。監督は「いい事も悪いことも、全ては愛による・・・ダンテ」を引用。質問を上手くかわしていた感があった。何が言いたかったかったのだろうか。後味の悪い作品だった。