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硫黄島からの手紙 期間限定版の解説1944年、陸軍中将・栗林が硫黄島に降り立った。本土防衛の最後の砦の硫黄島だったが、場当たり的な作戦と非情な体罰により、兵士たちは疲労と不満が渦巻いていた。ところが栗林は違った。アメリカ留学の経験があり、敵国を知り尽くした男は、体罰をやめ、島のすみずみまで歩き、作戦を練りに練った。そして米国が来襲。硫黄島は5日で落ちると予想されていたが、壮絶な闘いは36日間にも及んだ。しかし、その闘いで兵士たちは何を思ったか。それは61年後に掘り起こされた、出されることのなかった家族への手紙にしたためられていた…。 硫黄島からの手紙 期間限定版の商品レビュー どうして日本人には作れない?
日本人がのんびりお涙頂戴映画から脱却できないからアメリカ人に先を越されてしまった。日本人として恥ずかしいです。「パールハーバー」や「SAYURI」とは雲泥の差の時代考証、当時の日本へのリサーチ。多少言葉使いが気になるもののもし全て当時の言葉遣いでやっていたら当の日本人にも理解しにくくなってしまっていただろう。アメリカ人の監督なのに平気でアメリカ兵が捕虜を射殺するシーンを入れたり、戦史やドキュメンタリーとしてではなくあくまで戦争で人生や人格を変えられていった人達を淡々と描きながら「衛生兵を狙え」とか海岸を兵と物資で埋め尽くしすまでわざと攻撃せず逃げ場を作らないようにしてから攻撃する戦争の非情さも忘れていません。イーストウッド演出には脱帽です。 どちらに正義があるわけでない昨今の世界情勢
イーストウッド監督の息子のカイル・イーストウッドもなかなかいい旋律を奏でています。 二宮くん いいねぇ
クリント・イーストウッド監督っていうのが、ちょっと不思議だった。 映画らしい映画
テレビドラマの延長のような邦画が増える中、久しぶりに どう戦争を終わらせるか、戦争とは暴力か
当時の日本の軍隊は、軍隊とは農業も工業も商業も労働もしない、国を守るためだけの非生産集団なんですが、非生産集団がいかに大事かはプロ野球を見て、勝ち負けに一喜一憂してはらはらどきどきして応援することを楽しみにしている人がいかにたくさんいるかを考えればよくわかりますが、その軍隊を十七個師団、約三十万人しか持っていなかった。そのうちアメリカの海兵隊に対等に渡り合えるのはせいぜい一個か二個師団でした。つまり日本は非生産集団を三十万人しか雇えない経済力しかなかったことになります。しかもその状態で日本は満州から中国南部の中国戦線から、インド、ニューギニア、フィリピンなどの南方戦線までの広大な戦線を抱えていて、しかもこの映画でも触れられているように、陸軍と海軍の対立は深刻だった。この事を知ってまずこの映画を見てもらいたい。 DVDの最新売り上げランキング - トップ10
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